豊臣秀吉と長浜、そして長浜曳山まつりと子供歌舞伎の関係を知ってみると、より深くこの祭りの魅力を知ることが出来ます。
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目次
長浜曳山祭りで行われる行事とは?
長浜曳山祭りの行事は、本番にあたる4月14~16日以外にもたくさんの行事があります。●裸参り
芝居を行う役者の無事と歌舞伎のくじ順を祈願する行事です。
夜の8時ごろから行われます。
●稽古場の公開
歌舞伎を奉納する役者は3月までには大本読みを行い、3月中旬からは、本格的なたちげいこを始めます。
稽古場は一般公開されますが、公開されるのは4月9日の夜からになります。
●登り山
4月14日に行います。歌舞伎を奉納する4台の曳山を、長浜八幡宮まで曳いていきます。
●夕渡り
夜7時に場が浜八幡宮を出発した子供役者が行列を作って街を練り歩きます。
この時、役に合わせた歩き方で歩くところも祭りの魅力になっています。
● 太刀渡り
4月15日に行います。
力士姿の若衆が、鎧姿の子ども武者を先導しながら行列を作って練り歩きます。
●子ども歌舞伎
午前九時までに長浜八幡宮に到着した役者たちが、夜8時まで順に歌舞伎を公演します。
●神輿還御
歌舞伎が終了すると、神輿を御旅所から長浜八幡宮へと戻します。
●戻り山
神輿とともに長刀山と4台の曳山も戻ります。
長浜曳山祭りの由来は豊臣秀吉にあり!
天下人となったはずの豊臣秀吉と長浜は、今から400年ほど前にそのつながりが確認されます。戦国下克上時代といわれていた当時、豊臣秀吉は長浜城主として長浜の地にいました。
そこで秀吉は男の子を授かったといわれています。
これを喜んだ秀吉は、お祝いとして砂金を町民に配りました。
それを受け取った町民たちは、もらった砂金で山車を作り、長浜八幡宮の祭礼で曳くようになります。
これが、長浜曳山祭りの始まりといわれています。
江戸時代になると、この山車で子供歌舞伎が行われるようになります。
長浜では歌舞伎を「狂言」または「芸」と呼び、5歳から12歳までの男子によって演じるようになります。
このこども歌舞伎が有名になり、いまでは長浜曳山祭りの最大の見所となっています。
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長浜曳山まつりの見所とは
長浜曳山祭りといえば、やはり小さな男の子たちによる子ども歌舞伎が見どころでしょう。一般的な歌舞伎と違い、四畳半ほどの山車の上で行われる子ども歌舞伎ですから、演目も長浜独自にアレンジされています。
上演時間は約40分ですが、役者に選ばれた子供たちは、春休みから祭り本番までの約3週間、みっちりと稽古を積んできます。
それだけに、見ごたえも迫力も十分!
演技力も大人顔負けの出来栄えで、過去にはホワイトハウスへ招待されクリントン大統領に披露したほどといいます。
また、動く美術館とも呼ばれる山車は、漆や金銀の装飾が美しいことでも有名です。
特に、夜に行われる山車の曳きまわしでは、提灯の明かりに照らされた姿の美しさが見所。
まさに、日本3大美祭と称するのに値するものといえるでしょう。
まとめ
宵闇の中を提灯の明かりに照らされながら曳きまわされる豪華絢爛な山車だけでなく、大人顔負けの演技力が光る子ども歌舞伎など、魅力満載なのが長浜曳山まつり。ぜひ日本の3大美祭りと呼ばれる長浜の曳山祭りで、日本の伝統的な祭りの美しさを堪能してみてくださいね!
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