高崎まつり大花火大会2018年の日程や見所は?カップルにオススメの穴場も!

高崎まつり大花火大会,高崎まつり大花火大会 日程,高崎まつり大花火大会 見所,高崎まつり大花火大会 カップル,高崎まつり大花火大会 オススメ,高崎まつり大花火大会 駐車場,高崎まつり大花火大会 2018
スポンサーリンク
群馬県高崎市で行われる8月の名物祭りといえば、「高崎まつり」があります。

この高崎まつりでは、趣向を凝らした様々なイベントが予定されており、祭り開催中には、なんと関東一円から延べ70万人もの人が訪れます。

そんな高崎まつりのイベントの中でも多くの見物客の目当てとなるのが、「高崎まつり大花火大会」です。

そこで今回は、高崎まつり大花火大会の歴史から気になる2018年の日程、駐車場や穴場に関する情報まで一挙に紹介していきますよ!


スポンサーリンク

高崎まつり大花火大会2018年の日程や見所は?駐車場や穴場などもチェック!

2018年に行われる高崎まつり大花火大会の日程や見所、駐車場や穴場に関する情報まで一挙に紹介していきましょう!

●日程 2018年 8月4日(土) 19:40~20:30 予定
※荒天の場合は、8月5日(日)に順延となる予定です。

当日は、大会公式ホームページなどで確認してください。

●場所 烏川和田橋上流河川敷

●見所 高崎まつり大花火大会は、スタートから約1時間かけて約1万5,000発の花火を打ち上げます。

通常1万発を超える場合、1時間30分~2時間かけて打ち上げられるのが一般的な打ち上げのペースですから、わずか1時間で打ち上げるということは、かなりのハイペースであるといえます。

わかりやすく解説してみましょう。

この1万5,000発を1時間で打ち終えるには、1分間にどれだけの花火を打ち上げればよいでしょうか?

答えは、250発です。

1分間に250発の花火を延々と打ち上げ続けることで、ようやく1時間後に1万5000発が打ちおわります。

でも、これは一定のリズムで打ち上げた場合の話です。

実際には、仕掛け花火や早打ち、連射など様々な方法で打ち上げていきますから、さらに迫力は増します。

ちなみに、フィナーレはどんな状態かというと、「とにかくスケールが違う」といえます。

花火の音が全く途切れません。

さらに、怒涛のように花火が打ち上げあられます。

正直あまりの迫力に、息をするのを忘れてしまうほどです。

たぶん、文章だけでこの迫力を伝えることは不可能です。

ぜひ、直接見てこの興奮を味わってみてください!

●駐車場 高崎まつり大花火大会当日には、無料の臨時駐車場が設置されます。

詳しい場所などは公式ホームページなどで確認してほしいのですが、正午からは利用できるため、早めに現地入りして場所を確保する時でも役に立ちます。

●穴場といえば… 相当な混雑が起きる高崎まつり大花火大会ですので、ゆっくり花火を楽しむのなら、「有料席を確保する」または「穴場で見物する」のどちらかになります。

どうせ楽しむのなら、できるだけゆっくりと花火を見たいという人のために、とっておきの穴場情報を紹介しましょう。

■高崎タカシマヤ
デパートタカシマヤの屋上では、毎年この時期にビアガーデンが開催されています。

打ち上げ場所からも近いですし、周りを遮るものがほとんどない屋上なので、冷えたビールを飲みながらゆったりと花火を見ることができますよ!

私が行くならここへ行きたいですね!

■高崎公園
地元では穴場として定番となっている高崎公園は、花火全体をクリアに見ることが出来るという点が人気のスポットです。

ただし、意外と空きがありますので、少し早めに現地入りすれば、良い場所がすぐに確保できますよ。

■高崎観音
打ち上げ場所から直線距離でも少し離れているのですが、この場所は小高い場所になっているため、高崎市内の夜景と花火を一緒に楽しむことが出来ます。
ゆったりと静かに花火を見たいカップルには、おすすめの場所ですよ♪
スポンサーリンク

高崎まつり大花火大会はどんな花火大会なの?

高崎まつりの始まりは明治維新前まで遡るといわれ、様々な事情を乗り越え形を変えてきた歴史があります。

もともと、高崎で最大のまつりといえば、旧高崎藩主・大河内家と深い関わりを持つ頼政神社の祭礼がありました。

祭りでは、山車6台の巡業なども行われ、多くの見物客で祭りは大盛況だったといいます。

ところが、その後、頼政神社とかかわりが深かった大河内家が東京へ転居してしまい、施主が不在となることで、頼政神社の祭礼は衰退していきました。

とはいえ、昔ながらの祭礼はその後も細々と続けられ、代わりに小正月の道祖神祭りが高崎の名物祭りになります。

●最大山車数27台 1915年になると、それまでの祭りに変化が起こります。

この年は大正天皇が即位された年でもあり、これまでの山車だけでなく、新たに町内で大量の山車が作られ、総台数27台の山車で町中を巡業し即位を祝いました。

これ以降、高崎の祭りの中心には、再び山車と神輿が登場してきます。

●第二次世界大戦で変わる祭り その後、時代が昭和に映ると、日本は第二次世界大戦に巻き込まれていきます。

この影響で、永らく続けられてきた道祖神祭りは中止となり、さらに、戦争が深刻化すると、祭りそのものも規模や内容にも変化が起こっていきました。

それまで、頼政神社の祭礼と道祖神債が中心だった高崎まつりですが、1948年になると、高崎神社境内にある「八坂神社」の祭礼を中心に当時の高崎実業組合連合会が主催した「高崎祇園商業祭」と、高崎市・高崎商工会議所・高崎実業組合連合会が共同で主催した「高崎奉納祭」の2つにかわります。

●花火大会の初回開催は1954年大会 高崎まつり大花火大会の初回大会が行われたのは1954年のことです。

当時の名称は「全国煙火競走大会」といいました。

これは、現在の高崎まつり大花火大会の前身にあたります。

●オイルショックがきっかけで市民主導型の高崎まつりへ 70年代に起こったオイルショックによって、再び高崎まつりは大きな決断を迎えます。

くしくもオイルショックが起こった1975年は、高崎市政75周年という節目を迎えており、記念行事としての開催が検討されていました。

ところが、このオイルショックによる影響によって、市は祭りの開催を断念します。

もちろん高崎市民はその決定には納得せず、永らく続いてきた祭りの開催を強く求めます。

しかし、財政状況などから非常に厳しい状態であった高崎市は、祭り中止の決定を覆すことはありませんでした。

諦めきれない高崎市民は、市が主導する祭りの開催をあきらめ、「市民が参加し市民が運営する祭りの実現」を目指します。

高崎市の参画も助成金も一切ないまま準備が始まったこの年の高崎まつりは、非常に厳しい状況の中で行われたといいます。

多くの壁が立ちはだかったものの、地域が一致団結して参加していくことによって何とかこの状況を乗り越え、ついにこれまで通りの高崎まつりを市民だけの手によって実現することが出来ました。

これが思った以上の成果と反響を呼び、一度きりの開催と考えていた運営側の考えが変わるきっかけとなります。

そのこともあって、翌年以降現在に至るまで毎年開催されることになりました。

これが、様々な困難を乗り越えながら現在まで続けられてきた高崎まつりと、高崎まつり大花火大会の歴史です。

まとめ

花火大会だけでなく、日中、様々なイベントや山車の巡業なども行われ、見所満載の高崎まつり。

ベストポジションでじっくりと花火を楽しむのも良いですし、一日かけて高崎まつりを楽しみながら、締めに花火を見るというのもいいものです。

ぜひ今年は、高崎で素敵な夏のひと時を過ごしてみてくださいね!

スポンサーリンク

コメントを残す

*